やりません、できませんという背景にはこんな事情がある

「やりません」「できません」っていえない状況は疲弊する 

 

もう疲れたよ・・・。

 

paiza.hatenablog.com

 

 

接点はないけど、これがかつての兄弟会社かとおもうと泣けてくる。*1

もちろん、今の私の境遇に。*2

閑話休題

 

上記「できない」を掘り下げると・・

下記リンク先、すごく腑におちる。

 

konifar.hatenablog.com

 

 

そして、私の状況にあてはめると・・・

 

簡単にはできない、今の自分のスキルだとできないに相当するものが多いです。

 

そして多くの場合目的より、手段が問題です。さらに「やらないほうがよい(からできない)」がからんでくる

 

たとえば、アプリケーションのあちこちで似たような処理をするときに、都度ハードコーディングをすれば、その場は解決しますが・・・。あとで地雷原になる危険が多いです。

 

さらに具体的に表現すれば、プロジェクト内で西暦と和暦の相互変換を行う場所が多数あるような場合、その場所に変換処理をするコードを書いてたりすると、改元などがあった場合すべて修正しなければならなくなったりして、地獄を見ます。*3

 

もしこれが、指定のライブラリを用意して必要に応じて参照すれば、改修は1箇所で済みます。

 

だが、そのライブラリの適切な作り方と、使い方を編み出すのに試行錯誤しなければいけないのが泣き所で、そんな暇はない。といわれるのがオチです。

 

(悲報)それでもある程度回ってきた

 

一従業員としては、そんなエコシステムでも収益をあげていたことは朗報でもある。*4

だがそれを維持、発展させていく身となると悲報です。場当たり的な対応が続き、後ろ向きな作業の割合が増えたりする。*5

 

それでも回ってきた。また、そんな文化を担ってきた私もいけなかった。

 

できないことはないが、課題がある

 

これに尽きるんですけどね。

*1:私がどこの住人かは、ご想像にお任せします

*2:エンジニアは私一人。Webシステム面の知見があるのも、ほぼ私のみ

*3:類:西暦2000年問題

*4:Web制作会社でも、モバイルゲーム会社でもない。Webはあくまで営業ツールのひとつである。という意味では正しい。

*5:ウンコードが発生し、熟成されていきます